Biography

Biography

髙嶋綾也(たかしまりょうや)

1983

12月19日午前11時57分、地球に生まれる。

1992

習っていたピアノをやめる。やめなければ良かった。

1995

中学で剣道部に入る。剣道二段も一応取得してるっちゃしてる。たまにやりたくなる不思議。

スノーボードにハマる。テレビゲームやりまくる。別に後悔はしていないけど、なぜこの時期にもっと音楽とお金の勉強、そして身体作りに時間を費やさなかったのかと今なら思う。

1999

HondaのJazzという原付バイクを買う。16歳ですぐにアルバイトで貯めたお金を元に中型自動二輪免許を取得してXJR400をヤフオクで落札する。

2000

初めての海外旅行。アメリカ西海岸とメキシコに行く。雰囲気にハマる。”俺は海外を股にかけて仕事をする”と心に誓う。

2001

自分にとって大学は時間の無駄になると判断し、車とバイクが好きだったので自動車の専門学校へ行く。マツダのロードスターNB8Cを買う。ドラッグスター400を購入後、大型自動二輪免許を取得してYZF-R1も買う。とにかく楽しかった。

2001

就職する気はなかったけど、一応某ディーラーの就職説明会に行ってみる。30代40代になった時の推定月収・年収を資料として渡される。金額の低さにビックリする。普通の会社では働かないと改めて心に誓う。

2002

交差点での右直の事故により、YZF-R1が大破。廃車に。自分は10mくらい空を飛んで、国道の縁石に不時着。なぜかほぼ無傷。翌日から学校とバイトは普通に行く。たくさんの人にご迷惑ご心配をかけてしまった。本当に申し訳ない。簡単にスピードが出せるバイクに乗ってる人は気を付けて。今買うならスピード出したい気持ちが生じないハーレー以外は欲しくない。だけど、燃費の悪い乗り物に乗って楽しむ時代はとっくに終わっている。と思っている。

2003

バイト先の先輩からワーキングホリデーという制度があることを知る。留学へのイメージが変わる。英語が喋れて頭が良い人がするのだけが留学じゃない。英語を勉強しに行く留学もあるのだ。卒業後はオーストラリアへ行くことをすぐに決める。

2004

自動車の学校の卒業式から数日後、オーストラリアへ旅立つ。

シドニーのボンダイにある語学学校へ2か月くらい通う。自炊のために料理を始める。ジャパレスでは絶対に働かないと決めていたので、とりあえず高級住宅地にあるカスタムショップで洗車の仕事をしてみる。高級車洗車できて楽しかったけど、すぐにつまらなくなったので、履歴書片手にボンダイビーチのカフェに突撃する。採用される。シェフのアシスタントを朝5時〜お昼くらいまでする。料理はここで教わった。

ボンダイで月1500AUDくらいの2LDKを借りる。シェアメイト募集して、自分はほぼタダで住む。とても良い場所だった。

2005

永住権を取るために戻ってくると心に決め、オーストラリアから日本へ戻る。

あるベンチャー企業のとても面白い社長と会う。社員になる。ニュージーランドに日本の中古車を輸出して販売する会社だった。お前、明日からニュージー行くか?と聞かれ、行くと答えた。翌日から1年間クライストチャーチに行く。日本の中古車を現地のディーラーに販売した。ニュージーランドでの生活もとても楽しかった。

2006

自分はすっかり料理が好きになっていた。そして、オーストラリアでハーレーのカスタムショップをやりたいなと思っていたけど、これからどんどん石油を使わなくなってEV化していく事実、そして車・バイクへの一般消費者の関心の薄れなどから、この先、自動車業界は自分にとっては魅力はないと判断。オーストラリアでカフェをしようと決める。TAFEという専門学校に通えば永住権もすぐに取得できたので、会社をやめて日本に帰る。

日本に帰国後、コリン性蕁麻疹になる。

2007

一年半もの間、治療に専念してなんとか治した。と言うよりも、外出もままならないくらいで働くことなんて到底無理で家に居るしかやれることはなかった。原因はストレスだった。バッチフラワーを使いつつ、メンタルに働きかけるだけで1か月もかからずに完治した。この時、病気の本質を知ったような気がする。

病気の間、とにかく暇だったので図書館に行って自己啓発系の本を読み漁った。結果、2007年5月13日、ある本がきっかけでこの日からヴィーガンになる。

Nikon D40を買う。初めてのデジタル一眼レフ。画素数は624万である。

知人の紹介を通じて山梨県塩山市のマクロビオティックカフェにて働き始める。すぐにオーナーが入院し、ほぼ一人で1か月くらい切り盛りする。笑

「菜食の輪を広めちゃおう♪」というブログを始める。かなり人気があったみたいだが今はもう全部削除してある。過去のことなんかどうでもいいのだ。大切なのは今。過去ではなく今この瞬間なのだ。

クシマクロビオティックに9か月間ほど通う。

2009

Living Light Culinary Art Instituteというアメリカにあるローフードの学校へ行く。

もっと新しい人・面白い人に会わないとダメだ!と思い、神奈川県に引越をする。

料理教室を始める。この時まだ25歳。よくあんなにたくさんの方達が自分を信頼してきてくれたなと思う。でも、その当時の誰よりも知識と経験はあったと思う。

世の中、こんなに情報が溢れているのに、簡単にアクセスできるのに、みんな情報収集が下手すぎる。どの情報が正しくてどの情報が間違っているかの判断も出来なさすぎる。もっと自分を信じよう。自分の直感を頼りにしよう。全てが自己責任になるけど、むしろその方が色々と楽だ。

2010

ブログの時代はもう終わり。これからは動画の時代だ!と感じてYouTubeを始める。PEACEFUL CUISINE誕生の瞬間である。

なぜ、ヴィーガンのレシピ動画を公開するチャンネルなのに”vegan”という単語を使わないのか。それは、僕自身がヴィーガンという単語が好きではないからだ。好きじゃない理由はいくつかある。とにかく、できる限りその単語は使いたくない。ヴィーガンかヴィーガンじゃないかなんて、マジで本当にそんなことは世界で一番どうでもいいことなのである。

2011

陶芸を始める。陶芸はこの後数年間、ほとんど毎日やる。もういつでも陶芸作家として生きていける自信はある。一番好きなのは粉引きと炭化焼成。土も原土を購入し、粘土を自ら作成。ついでに釉薬も自分で作り始める。陶芸は大変だ。作家さんの器を購入するときは、絶対に値切らないでほしい。自分の求める器を一つ作り上げるのにはとんでもないくらいの努力・労力・時間が必要であるということを分かっていない消費者が多いような気がする。

蕎麦も打ち始める。最初の頃は二八でもそば切れしまくっていた。今では生粉打ちしかしない。そばつゆはほとんど作らない。本当に美味しい蕎麦は塩で食べるのがベストだと思っている。

Nikon D7000を買う。一眼レフで料理動画を撮り始める。

2013

ロードバイクを買って、ついでにトライアスロンを始める。ジムに通い始める。

2014

DIYを始める。ホノルルトライアスロンに出場する。MAZZERのコーヒーグラインダーとLa Pavoniのエスプレッソマシンを手に入れる。

Veggie Dishes という料理シリーズをフジテレビと共同で作り始める。当時フジテレビが制作していたビデリシャスというYoutubeチャンネルの中の一つのシリーズという位置付けだった。毎週1本、自分のチャンネルとは別に料理動画を作っていた。この時が一番料理動画を作っていたと思う。声をかけていただいた時、まだ自分のチャンネルは登録者が数千人だった記憶がある。

2015

PanasonicのGH4を発売と同時に手に入れる。4Kで料理動画を撮り始める。”まだ誰もやっていないことを誰にも真似できないようなクオリティでやり続ける”これは常に意識するようにしている。自分がこれからやろうとしていることが誰かの二番煎じであるなら、その時点でもう負け確定なのである。

2016

星空タイムラプスを撮り始める。当時まだ誰も作っていなかった8Kの天の川タイムラプスをどうしても作りたかった。カメラ機材に数百万円が消えていく。

チェロを習い始める。料理も自分でする、レシピも自分で考える。キッチンもDIYで作る。食器も陶芸で自分で作る。撮影も編集も全部自分でする。唯一、料理動画で自分で作っていないのが音楽だった。だから、音楽も自分で作りたいと思った。ただ、チェロは難しい。

エジプトに行く。子供の頃からずっとピラミッドが好きだった。エジプト政府に1600USDを支払い、スフィンクスを2時間貸し切る。前足の間でしばらく瞑想する。王家の谷でツタンカーメンのミイラと出会った直後から急激に体調が悪化する。回復に1週間かかる。

2017

アイスランドにオーロラを見に行く。盛大にハマる。すぐにノルウェーのロフォーテン諸島に再びオーロラを見に行く。オーロラ大爆発。なぜかチャクラが活性化する。オーロラ撮影中、UFOが現る。写真にはなぜか写らない不思議。30分以上UFOが出続けると、段々気にならなくなってくる。あ、まだ居たの?って感じになってくる。

料理本”PEACEFUL CUISINE”を出版する。レシピを作り料理をして、さらに撮影・現像までこなす料理研究家はなかなか他にはいないのではないだろうか。本を1冊作り上げるのは大変だったけど、とても楽しい経験だった。

2018

京都に引越しする。銀歯を全て除去する。そんな遠くない未来、歯は完全に医療で再生できそうだけど、歯は本当に大切にした方が良い。

メキシコのオアハカに行き、ある目的のためにダークルームに9日間連続で入る。Hotel Arigalanという宿泊施設だ。興味があれば自分で調べて自分で行ってくれ。いちいち他人になんでも聞こうとするな。オーナーのRoseはRyoyaという名前を出せばきっとまだ覚えていてくれてると思う。Roseの作るメキシコ料理は最高に美味しかった。ダークルームから出た後は、信じられないくらいに頭の中がスッキリした。でも、成功ではなかった。また行くかもしれない。

2019

RolandのKiyolaという電子ピアノを手に入れる。突如ピアノ再開。チェロに比べるととても簡単に感じる。簡単ではないんだけど。

Patagoniaのオフィシャル動画を作る。今までにも本当にたくさんの大企業と一緒に仕事をさせて頂いてきた。特に理念や目標が自分と同じベクトルの企業と一緒に仕事をするのは、本当に楽しい。

FUJIFILMのGFX100を手に入れる。ついに中判。

2020

ここに何が書かれるかは、今日、何をするかで決まる。未来と過去を見つめつつ、今を生きる。